推しがいて毎日病む

推しがいて毎日病む

生きづらいオタクのモヤモヤをお届けします

二次元にしか興味がなかったオタクが、三次元に沼る

二次元オタクの皆様、お疲れ様です
昔は、二次元オタク、三次元オタクで線引きされていた気がします
2.5次元界隈もありますけど)
今では色々な次元に好きぴ(草)がいて楽しそうなオタクが多いですよね

それも踏まえ、しょうもない話を聞いていただけると幸いです
固定概念にとらわれなくてもいいんだよ!ってことが伝われば嬉しいです

二次元にしか興味がない

というか、三次元に推しがいるオタクを馬鹿にしていた記憶があります
どうせ彼女いるやん?裏の性格は分からないやん?自分のものにならない人を好きになって、永遠の片思いだるすぎワラ
それにそもそもそういう手の届かない男を好きになることがなかった興味がなかった
三次元に推しがいるオタクを毛嫌いしていましたイケメンにキャーキャー言ってさ
でも、その当時は二次元オタク<三次元オタクだったように思えます
二次元オタクの方が馬鹿にされていて、キモ爆笑って感じ
個人的にそれでよかった、自分は変わっているんだと思って優越感に浸っていた気がします

そんなオタクがいつの間にか三次元に沼っていていました
今回沼った時の話は割愛します

 

osiyamu.hatenablog.com

 

三次元の推しを好きになって思ったこと

・変化を感じる

成長を感じますだって歳をとるので
人間なんだなあって
髪の毛のスタイルや色、好きな物嫌いな物、趣味とか今ハマっていることとか
変わっていく
数年前嫌いじゃなった?っていう食べ物を好きになっていたり
二次元だったらないです基本的に
最初のプロフィールが絶対なので、オムライスが好きならずっとオムライスが好き
なにかにつけてオムライス的な

・身近に感じる

生きている世界線は違うけれど、身近に感じるんですよね
スタバ行った~みたいなこととか。洋服とか、今の流行とか
私も同じものを食べることが出来る、同じものを見ることが出来る、買うことが出来る
近くに感じるんですよねこれ結構嬉しいっていうか
二次元は良くも悪くもしっかり線引きが出来ていたので(多分)
三次元はなんか恐ろしいな嬉…って思うところでもあります
ズブズブ沼って感じ

・生で会える

これは二次元と三次元で比べるものではないと思うんですけど(そもそも概念が違う)
やっぱり大きいですよね
すごすぎるもん言葉はいらない

三次元の推しを好きになって思ったこと(つらい編)

・ブーメラン

最初に書いた、三次元オタクを馬鹿にしていたことが仇となっています
あんなに馬鹿にしていたオタクに自分がなってしまったという自己嫌悪
なんてことを思っていたんだという恥ずかしさ未熟さ
まあしかたないよね、その時はそう思ったわけだし
というか、今もそれに苦しめられている
時々、どうせ彼女いるやん…なにやってんだろってなるやん…おばさん痛いよ…って思う
三次元の方がそう思う風に思ってしまう時が多い気がしますつらいよね

・推しと比べる

身近に感じるからこそ、比べてしまう
芸能人だろ、推しは神だろ、お前なんかが肩を並べると思うなよ
その通りなんですけど、比べてしまう
推しが楽しそうにしていると羨ましくなる
推しは人生を満喫している(それを見せるのが仕事)
ワタシなんか結局底辺の人間なんだわ…社畜だし…金もないし…てな感じで
逆にもっと自分も楽しもう!ってポジティブな風に思える時もあります
私もディズニー行きたい、友達ほしい、飲みに行きたい、趣味を謳歌したいとか
二次元の推ししかいなかった時はそんなこと思った事なかったです
推しと比べることがなかった
あくまで私は見る側で、推しで遊ぶ側
推しを通して、自分の方に目を向けることは少なかった気がします

・オタクの闇

同担拒否、リアコ、ファンとか、チケット戦争、価値観の合わないオタク、マウントとか
二次元オタクでもあっただるいこと、辛いことは三次元オタクになっても全然あった
苦しいこともある、悩むこともある
結局どこも同じなんだなって思いました

二次元、三次元で区別をつけるのも、もう違うのかもしれない
推しに狂っているオタクは、推しが二次元だろうと三次元だろうと等しくキモイ
(褒めています)
なので三次元しか興味のないオタクもふいなことで二次元に好きぴ(草)が出来るかもしれない逆も然り
そんな自分を認めようぜ
広い心でオタクをするのも良いかもしれません